   
臨海点の表紙デザインのサンプルです。 貴方はどれが好きですか?

臨界点 相関図 (クリックで拡大)

臨海点とは?
臨界点(りんかいてん)とは、物質の液化の起こる最高の温度・圧力の点である。そのときの温度を臨界温度 Tc、圧力を臨界圧力 Pc、体積を臨界体積 Vc、密度を臨界密度 ρcという。気化熱が、0となる点としても定義できる。また、臨界圧力以下の気相を蒸気と呼ぶ。 温度と圧力を共に臨界点以上にすると、物質は液体とも気体とも異なる特殊な状態をとる。 この状態を超臨界流体と呼ぶ。
(Wikipediaより)
《あらすじ》
東京湾晴海埠頭の沖合で男性の死体が発見された。検視で首には紐状のものによる圧迫痕、側頭部には擦過打撲傷群を認めたため、所轄の月島東署は殺人事件の可能性が高いと判断。遺体を医大の法医学教室に回すとともに、捜査本部を設置した。指紋照合の結果、被害者は元警視庁巡査部長でジャーナリスト中川一邦と判明。そして司法解剖での所見も頭蓋内損傷及び頸部圧迫による窒息死、殺人を示唆していた。
ところが、司法解剖を執行した法医学教室から捜査本部に届いた“精密鑑定”なる報告書には、前回の所見を覆し、事故死を意味する“溺死”の文字。それを受け、捜査本部はわずか3日で解散した。警視庁捜査一課の楠木宗一郎警部補は、一連の経過に不審を抱き、月島東署刑事・菊山エリカ、大都新聞社社会部記者・新城康之らとともに、極秘で事件の再調査を開始した。調べが進むにつれ、楠木らは中川が命をかけてまで追い続けていた衝撃の事実の断片に遭遇する。それは日本全国を未曾有の大混乱に陥れる重大な機密だった。
追う者と追われる者が錯綜する中、次第に明らかになっていく事件のどす黒く暗い闇。真相の核心にたどり着ついた楠木たちを待ち受けていたのは……!! 元警視庁巡査部長がリアルに描いた本格警察小説。
講談社 モウラより抜粋
《臨海点を書いた理由》
小泉純一郎首相の「官から民へ」という美名のもと、警察庁は駐車違反の取り締まりを民間へ委託するという愚行に出た。取り締まりのプロでさえ難しいといわれるものを、簡単な講習を終えた程度の民間人に任せられるわけがない。
しかも、その裏に透けて見えるものは、相も変わらぬ「天下り」の横行と、取り締まりから得た「収益金」が枯れることのない井戸のごとく自治体予算となって消えていくという図式である。ドライバーの懐から搾取される莫大な資金が、一部の警察官僚や自治体幹部に吸い上げられるシステムだ。
この話を知ったとき、私は壊れゆく日本の治安を予測した。「臨界点」の主題は、まさに日本の警察社会を牛耳る警察庁の国民不在の構図なのだ。
私が現職だったころ、事件現場の聞き込みに回ると、市民からよくこう言われた。
「犯罪捜査に協力するのはいいが、警察の取り締まりの汚い手口は気に入らない」
目の前の事件と過去の交通取り締まりが別物だと知ってはいても、とかく人は腹いせを言いたがる。だが、それが治安悪化の始まりなのだ。検挙率低下の陰には、少なからずこうした「警察アレルギー」が捜査の障壁になっているといってもいい。
警視庁を退職し、ジャーナリストに転身した直後の99年秋、神奈川県警の不祥事を皮切りに国民の怒りに火をつける事件が各地で頻発した。連日のように繰り返される不祥事報道に押され、とうとう「警察刷新会議」なるものが発足した。しかし、国民が期待した「外部監察制度」は警察庁の激しい抵抗にあって立ち消えになる。現状を見る限り刷新会議によって警察が再生したとは言い難い。むしろ多くを学んだ分、警察の組織的悪事はより一段と巧妙化したとさえいえる。
警視庁警察職員服務規程の第六条にはこう書かれている。
「職員は、国民の信頼及び協力が警察の任務を遂行する上で不可欠であることを自覚し、その職の信用を傷つけ、又は警察の不名誉となるような行為をしてはならない」
警察経験を持つジャーナリストとして、私は看過することのできない警察庁キャリアの問題点を小説に代えて表現せざるを得なかった。 |
2006年6月1日 黒木昭雄
講談社 モウラより抜粋 |
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