神仏霊場参拝 道教の心の巡礼。
-日本全国津々浦々 道教の心の巡礼-
本日は、道教の心の巡礼をご覧いただき、誠にありがとうございます。
私は幼い頃から霊感があり、見たくないものが見えてしまうだけでなく、その方が抱える苦しみや悲しみ、そして殺された方の場合には、その痛みまで自分の身体で受け止めてしまうそうした特殊な体質でした。
子どもの頃、それを口にすると馬鹿にされることもあり、誰にも言えずに過ごしてきました。写真を撮れば不思議なものが写り込むこともあり、そのため本当に幼少期から青年期にかけての写真は、ほとんど残っていません。
過去には、お祓いや除霊ができる方にお願いして払っていただいたこともありましたが、目立った効果は感じられず、「見えても、感じても、気にせず受け流す」ことが日常になっていきました。だから当時は、神道や仏教にもほとんど関心がありませんでした。
しかし、2010年11月1日、心から信頼していた大切な方を、自死というかたちで失いました。
その後、友人である真言宗常住院の住職から説法を受け、「愛別離苦」の意味、そしてそれを乗り越えていくための「行」について教わりました。
自分自身を見つめ直そうとした矢先、左顔面全機能障害、さらに胃がんステージⅢと、続けて病に襲われました。
幸い、左顔面全機能障害は一か月ほどの入院で後遺症もなく完治し、胃がんについては、食道と小腸をつなぎ、十二指腸を閉じる「ルーワイ法」と呼ばれる再建術で手術を受けました。
食べれば吐く日々が続く中、「体を動かせれば、自然と体は栄養を求めるものだから、怖がらずにしっかり動かしていきなさい」という医師の助言をいただき、リハビリを兼ねて訪れたのが、奈良県葛城市にある當麻寺でした。
そのとき奥院で拝したのが、亡くなった方を極楽浄土へ迎えてくださる二十五菩薩の来迎のお姿でした。
拝しているうちに、亡き友人のこと、そして「生と死」とあらためて向き合うきっかけを得ました。
そして、大和十三仏霊場との出会いが、私を巡礼の道へ導いてくださいました。
【十三仏信仰】
故人は十三の仏様に守られ、極楽浄土へ導かれ成仏するとされています。
十三仏は、初七日 不動明王、二七日 釈迦如来、三七日 文殊菩薩、四七日 普賢菩薩、五七日 地蔵菩薩、六七日 弥勒菩薩、七七日 薬師如来、百か日 観音菩薩、一周忌 勢至菩薩、三回忌 阿弥陀如来、七回忌 阿閃如来、十三回忌 大日如来、三十三回忌 虚空蔵菩薩――。
その仏様方に故人の罪障を願い、回向する行として、大和十三仏・大阪十三仏・神戸十三仏・京都十三仏・紀州十三仏を巡り、その朱印帳を友人の一周忌法要に収めたい――その思いから、私の巡礼は始まりました。
巡礼の中で、不動霊場・愛染明王霊場・薬師霊場・観音霊場・地蔵霊場とも出会い、それぞれの仏様の役割や、お経に記された教えを学んでいくうちに、仏教の世界に深く魅了されていったのは確かです。
そして最後に、幼い頃から悩んできた「霊との関係」についても、タイ仏教の師匠であるキッサダ師から、「施す」という教えをいただきました。
日々の生活の中で霊を感じたとき、その霊に向けて手を合わせ、お経を唱える――その心こそが「施す」ということだ、と。
現在、真言宗常住院に籍を置き、霊場会の先達として参拝する傍ら、タイ仏教タマユットニーカイ派サーリーブン寺院に所属し、上座部仏教と真言密教の教えのもと、修行を続けています。
2010年11月以来、4,000か所以上のお寺を参り、多くの霊場を打つ中で、上咽頭がん・中咽頭がんステージⅢという大病も乗り越え、私は今、仏様に守られてここにあります。
仏様とのご縁に感謝し、悩める人と向かい合い、力強く生きる道へ導く――これは、仏門の師匠から授かった「道教」という名の由来でもあります。
その名に恥じぬよう、私心と向かい合い、行を積み重ねてまいります。
2025年2月1日
道教
西国三十三観音霊場大先達洛陽三十三観音霊場大先達
京都十二薬師霊場中先達
高野山参与会正会員
真言宗常住院・満蔵院兼務執事
タイ仏教 (王族兼宗派)タマユットニーカイ派
サーリーブン寺院 理事
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